ありがとう。そして、さようなら。信号塔。

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路面電車を考える会です。

当会が「君はまだ十日市を知らない」に寄稿するきっかけとなったのは、十日市信号塔に解体計画があると聞いたからです。

十日市信号塔の記事はこちら。

【路面電車を考える会】鳥の巣
はじめまして、路面電車を考える会です。 はじめましてと書きましたが、1993年から活動しているので、耳にされたことがある方もいらっしゃるのかもしれません。そうだったらうれしい。 君はまだ十日市を知らないさんから「コラムを書きませ...

なんと信号塔は全国で3ヶ所しか残っていません。
そのうち函館の信号塔は役割を終えていますが、貴重なために移設保存されています。

2019年に新聞報道された、広電の広島港から出島までの延伸計画。
千田町の車庫機能を移転するとも報道されました。
そして、各地からの移籍電車や広電生え抜きの古豪電車を大切に保存するための、電車保存公園計画も計画されているとの話もあります。

 

空に向かって開くように伸びる4本の茎に支えられた丸い花のような、十日市信号塔。

 

全国的にも珍しい信号塔。噂される電車保存公園への移設保存の道はないかと、期待しつつの寄稿でした。

地元、十日市の人たちは信号塔にどのような想いをお持ちなのでしょうか。

路面電車好きとして、保存してほしいという気持ちを押しつけるわけにはいきません。
地元の人たちの気持ちが尊重されるべきです。

しかし、時は待ってくれません。いよいよ9月には解体工事が始まると伺いました。

あの交差点に信号塔が立っているのはあと少し。

別れを惜しみつつ、最後まで十日市の安全運行を見守って下さい。
信号塔さん、ありがとう。

※以下追記しました(21年9月18日)

鳥の巣、解体されました。

巣立ちと表現された方がいらっしゃいました。
そうか、十日市から巣立ったのですね。
8月29日に中国新聞のデジタル記事として特集され、ずっと知りたかった内部の様子も動画で掲載されました。その特集は瞬く間にSNSで共有されたので、老朽化で解体されることも一気に知れわたりました。
そこからの展開は急でした。
9月2日には、中国新聞の朝刊に「十日市交差点の広電操車搭 解体へ」と題した記事が掲載。
RCCラジオ「本名正憲のおはようラジオ」の朝刊拾い読みコーナーでピックアップ。
テレビ局も各局取材&ローカルニュース枠で放送。
紙屋町の鳥の巣の懐かし映像も資料映像として収録されたり、広電のベテラン社員さんが登場して鳥の巣の由来や思い出話も。
【公式】HOME広島ニュース
https://www.youtube.com/watch?v=vOrWwfKpsXo
NHKはヘリを飛ばして上空から解体作業を空撮。
それぞれがYahoo!ニュースにて配信され、全国にも拡散。
撮り鉄が瞬く間に駆けつけ、Twitterで発信。
Twitterの写真は、路面電車も絡めた写真が多くてマニア好みのスタイル。
一方、Instagramでは鳥の巣を中心に様々な角度から撮影し、色味を補正したフォトグラファー的な「作品」が魅力的。
そんなカメラマンたちに、なんだか様子がおかしいと感じた地元の人々は「ナニゴト? えっ取り壊すの? なんで?」と、まさに十日市エマージェンシー。
口コミのスピードは加速装置を作動させたのかと思うほどにアップし、地区のじいちゃんばあちゃんまでカメラを片手におっとり刀で駆けつける。
「あんたぁ のうなるんか」と話しかけているし、「何とかならんのかのう」と。
皆さんの写真は、TwitterもInstagramも「#鳥の巣」や「#十日市」で絞れます。
あまりにも十日市に溶け込んでいて、十日市のアクセントなのに無くなると知られるまでは、まるで空気のような存在だった鳥の巣さん。
実は、当初は今年の初めに解体されるはずでした。
遥か関東地区の工場火災が関係して、解体がおくれていたのです
その間、梅雨末期の大雨と落雷で十日市交差点の電車信号が故障した7月8日には、信号関係者が搭に上がり「有人」時代が一瞬ですが再現されました。
取り壊しに対しては、
残念
保存できないの?文化財級だよ
安佐動物公園に移設して
など惜しむ声が頻出。
「鳥の巣っておもしろいネーミング」
「広電の施設だったんだ!」
「警察の渋滞監視塔だと思ってた」
「鬼太郎の家みたい」
「UFO!」
「ポケモンのジムなのに、70年近くも立ってたのか!」
「幼少期にあそこは遊具だと思って、行ってみたいと駄々をこねて親を困らせた」
「西部警察にも出ていたよね」←残念、西部警察に出たのは紙屋町の鳥の巣
「紙屋町の興銀の前にもあったよね」←残念、興銀前のは警察の交通監視塔(間違えてたテレビ局もありました)
「紙屋町のは四角い鳥の巣」←残念、シャレオの工事で古い鳥の巣が撤去され仮設された鳥の巣(先代は十日市のと酷似&ちょっとだけノッポかも?)
などなど、コメントにも花が咲きました。
4本の茎に支えられた植物のようにも見える、鳥の巣さん。
その4本の柱には古レールが使われていると、図面をお持ちの路面電車関係者から伝え聞きましたが、解体作業に従事された方のInstagramで、コンクリート製の柱に芯材として使われていた古レールが紹介されました。
1945年8月6日の原爆で広島は壊滅しました。。
爆心地に近い十日市の無残な状況は、広島平和記念資料館平和データベースの写真で確認することができます。http://a-bombdb.pcf.city.hiroshima.jp/pdbj/detail/248775
↑の写真、ご覧になりましたか?
それでも人々は十日市を、広島を復興させました。
道路拡幅や区画整理が進むなか、1952年に鳥の巣は誕生しました。
完成した時には、周りの建物も低かったことでしょう。
やがて十日市にビルが建ち、そのビルも立て替えられてどんどん高層化しています。
かつて交通の要衝だった十日市。お寺や神社の多い十日市。問屋街だった十日市。
歓楽街でもあった十日市。けれど住宅街でもある十日市。
今はおしゃれなお店も増えて、「きみ知ら」のように街の魅力に気づき発信する若者も集う十日市。
十日市を十分に見届けて、鳥の巣は巣立ちました。
巣立つ前の1週間に「オイオイ、そんなに写真を撮られると照れるのう」と言っていたのかもしれません。
十日市交差点を通ると、無いとわかっていても鳥の巣があった場所に目が行きます。
そこには十日市信号所 鳥の巣はありません。
けれど、誰もが心の中では鳥の巣の立っている姿を思い浮かべることでしょう。
鳥の巣さん、永い間ご苦労さまでした。そして、ありがとう。

 

トラムで街をHAPPYに!

文:路面電車を考える会

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