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「街から本屋がなくなっていく」。そんな声が上がり始めて久しい。
何らかのブームが一気に去るのとは違って、じりじりと、音もなく、そんな社会が「当たり前」に近づいている。
私たちはそのうち本屋の無い風景について違和感すら感じなくなっていくのだろうか。
幼いころ、というと20年以上時を遡ってしまうのだけど、自宅の近所に本屋があった。
古びたビルに入っていた個人書店。鉄道の本ばかりが多く並んでいた。
4年間所属していた地域のバレーボール部で仲たがいがあり、だれからも口をきいてもらえなくなった時期だった私は、放課後は練習に行くふりをしてその書店にいり浸った。
とはいえ11歳の子供に毎回本を買うおこづかいなど豊富にはなく、私はただ奥の古本漫画のコーナーで日に焼けた「あさりちゃん」をひたすら読んだ。
店主は男の人だった。室内でも帽子をかぶっていたのを覚えている。その人は、1冊も買わず1円も払わずで立ち読みを続ける私に何も言わなかった。
「あさりちゃん」には終わりがなかった。それが私にとっての救いだった。最終巻が出てしまえば、鉄道マニア向けの書店など行く理由がなくなってしまう。
2か月が経って徐々に友達が話しかけてくれるようになった。私はバレーボール部に戻った。
しばらくしてあの本屋の前を通りかかった時、ビルの一階のその場所はもぬけの殻になっていた。
私は、私のせいだと思った。
*
本とうつわのお店「READAN DEAT」
「十日市エリアに本とうつわのお店がある」と聞き、取材を兼ねて訪ねてみた。
路面電車の本川町電停すぐ。ビルの2階にある書店「READAN DEAT」。
READ(本)とEAT(うつわ)を組み合わせた造語だそう。
ゆったりと、それでいて新鮮な独特の空気が、扉一枚隔てた向こう側に漂っていた。
リトルプレスや写真集。絵本に詩集。
暮らしやデザインについて、建築について、フェミニズムについて。
書籍はあらゆるジャンルが幅広く用意されている一方で、どこか統一感もある。
店舗内にはイベントスペースも。
この日はイラストレーターの石黒亜矢子さん「九つの星 原画展」が開催されており、グッズ販売も行われていた。(※イベントは2020年12月5日~12月20日実施のもの)
ここで少しピリと肌を刺す何かがあった。不安が針のように外部からおとずれたのだ。
店舗の奥に広がる「うつわ」の数々。本とうつわのお店、とあるのだから当たり前の話なのだけど、「うつわ」について無知な自分がここを横切っていいものかという自信のなさが仕草にあらわれた。
そんな私の心中を知ってか知らずか、レジ横で男性が柔らかく微笑む。
清政 光博(せいまさ・みつひろ)さん。広島出身の方で、この書店の店主だ。
その穏やかな微笑みに、心の表面を覆っていた不安の鱗がぽろぽろと取れていく。
書店の成り立ち、選書の基準
「30歳の時に、震災が起きて。働き方を考えたんです」
書店のはじまりについて尋ねると、清政さんは穏やかにそう言った。
本が好きだった清政さんがたどり着いたのは「書店を持つ」という夢。地元の広島には自分の好きな雰囲気の本屋が少ない。
そこで「いつか広島で書店経営を実現しよう」と決意を胸にし、東京で書店員として2年間働いた。
「広島の本屋の『リブロ』が閉店すると聞いたのもキッカケの一つでした。あんなに良い書店が失われてしまった。だから『自分がやるべきだ』と感じました」
それから時は経ち、READAN DEATを構えて2020年現在で6年だという。
また、選書も清政さんが直々に行っているそうだ。選書の基準をうかがった。
「普通の本屋にない本を、と意識しています。中には、文学フリマに並ぶ本もありますし。アートは特に力を入れています。」
どの棚を見ても、本はただそこにあるのではなく、選ばれてここにいる。だからこそ一冊一冊を尊く感じた。
「本×うつわ」の不思議な組み合わせ
実際、本という商品は利益率が低い。そのため「本と何かを組み合わせたお店を展開する」という考え方は書店経営において広く浸透しているという。
「どうして『うつわ』なの?とよく聞かれます。『もともと好きだったから』としか言えないんですが……好きなものじゃないと続けられないですから。」
書店を守り続けていくためには利益を求める冷静さも必要となる。
READAN DEATでは大量生産で流通している食器類ではなく、伝統の継がれている民芸品や、個人の作家による陶器作品などを多く扱っている。
もしかしたら清政さんは「うつわ」を愛する以前に「人の手で”心を込めて”作られる」ということに価値を感じているのかもしれない。
この街であることの意味
書店のある本川町は、十日市と隣接している街。どうしてここにお店を構えようと思ったのだろう。
尋ねてみると、このあたりのエリアは紙屋町などの広島の中心部に比べて家賃が安く、個人がお店をするのには一歩踏み出しやすい環境なのだそうだ。
同じエリアで個人書店が増えていることについて競争意識はないのだろうか。そんな私の余計な言及に、清政さんは「いえいえ。喜ばしいことですよ」と朗らかに笑った。
「今は、本に触れる機会があまりに減っているので……業界全体が元気になってほしいですね」
別れ際、清政さんはこう言った。
「この近くにパン屋さんができたんですよ。コーヒー店もあります。行かれてみるといいかも。」
個人のお店の人が、他のお店の話をする。
十日市という街がなぜあたたかいのか、少しだけ分かった。
*
「誰かのための本屋」が、今どこにあるのだろうか。
帰り道、相生橋の隅っこを渡りながらそんなことを考えた。
12月初旬のまだ控えめな風がコートの内側を柔らかく膨らませる。
多くの人がひとつの街で生きるとき、生活用品を取り揃えるあのお店も電化製品が行儀よく並ぶあのお店も「みんなのもの」になる。
私たちはそれぞれ、生活の舞台を共有して生きている。
けれどREADAN DEATという書店は、カルチャーの街・十日市の入り口で「たった一人のあなた」を待っているような気がしてならなかった。
メッセージの込められた一冊一冊の本が「それに見合う誰か」を望んでそこにいる。
それはためらいのない「誰かのための本屋」だった。
2か月間通いつめたあの古いビル内の本屋が、11歳の私のたったひとつの居場所だったように。
その日、家に帰った私はインターネットショップで「あさりちゃん」を検索して、やめた。
例えば人がこう願えば。
「ウェブで何でも手に入る時代だから、どこで買うかを大切にしたい。」
その時書店もまたこう願うのだ。
「ここでしか出会えない本を置きたい。まだ見ぬ誰かひとりのために。」
そしてその想いがちょうど重なった瞬間、「誰かのための本屋」はさらに輝きを増すのだろう。
ココアをすすりながら、ひとり安堵していた。
「街から本屋がなくなっていく」と嘆かれる中、生まれ育った広島の街にはあたたかな個人書店の明かりがぽつりぽつりと灯っている。
その夜私は、角の丸くなった思い出を引っ張り出し、えんえんと 手のひらで さすっていたのだった。
READAN DEAT
〒730-0802 広島県広島市中区6 本川町2-6-10 和田ビル203
営業時間 11:00-19:00
定休日 火曜日電話 082-961-4545
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